イベント報告・元予科練生のお話会

11月 8th, 2011

 文化の日、11月3日(木)に元予科練生のお話会を開催しました。

 

 講師は元予科練甲種13期生・池田龍雄様でした。池田様は現在も画家として日本の第一線でご活躍されています。 

 

 

 池田様のご略歴をご紹介します。

・1928年(昭和3年)8月15日、佐賀県伊万里市生まれ。

・1943年(昭和18年)海軍飛行予科練習生甲種13期生として鹿児島海軍航空隊に入隊。

・1945年(昭和20年)特攻隊として霞ヶ浦海軍航空隊にて訓練(九三式中間練習機「赤とんぼ」での特攻要員)

・17歳の誕生日に玉音放送を聞き終戦を迎える。佐賀へ帰郷。

・同年秋に佐賀師範学校入学。

・1946年(昭和21年)秋、マッカーサーの占領政策により師範学校追放となる(終戦時、1等飛行兵曹/下士官に昇任していたための処置)

・1948年(昭和23年)現在の多摩美大に入学。岡本太郎らの戦後アバンギャルド(前衛)芸術運動に参加。

・以後、個展、グループ展、美術館企画展を中心に活動。  

 

 以上、池田様のご略歴と言っても本当に略歴に過ぎないこれらの言葉からでさえ、池田様の波瀾に満ちた人生が感じられるようです。 

 池田様が予科練に入隊したのは当時の「尽忠報国」思想が当たり前に存在した世相の中で、ごく自然に「お国のため」という考えからのことだったそうです。

 予科練に入ってからは厳しい訓練、そして時として理不尽なしごき・罰直に耐えながらパイロットとしての道を進んで行かれたとのことでした。

 

 終戦直前の約4ヶ月は霞ヶ浦海軍航空隊で特攻訓練に明け暮れたそうです。岩国から移動してきた際の感想「霞ヶ浦飛行場は周囲を松に囲まれて非常に美しかった」というお言葉が印象的でした。夜間の訓練中には満月に近い月光を受けて聳える筑波山に心を奪われることもあったそうです。

 終戦間際の7月末には夜半に鹿島灘方面への特攻命令が出たものの、なんと夜光虫の誤認であることが分かり出撃中止。250キロ爆弾が赤とんぼに鎖で固定されるのを見ながら出撃前には特に悲壮感はなかったそうですが、爪と髪を封筒に形見として残すよう命令を受け「17年生きて残るのはこれだけか」という索漠とした思いを抱いたそうです。

 「お国のために」命をなげうつ覚悟で訓練を重ね、投げ出されるように終戦を迎え、情報も混乱する中で「これからどうしたらいいのだろう」という気持ちになったとのことです。しかし、故郷に帰る途中未だ焼け跡も生々しい広島の惨状を見た後、家に着いたときお母さんがただにっこりして迎えてくれたのを見たとき「やはり、生きていてよかった」と思ったそうです。

 その後は、若くして数々の試練に遭いながら画家を志し、岡本太郎ら超一流の芸術家と交わりながら、池田様は前衛絵画の道を邁進してこられました。

 ただ「昔から絵は上手だったけれど、絵描きになりたいと思っていたわけではないんです。それしか道がなかったからそうするしかなかった」また「軍国教育も上からの押しつけという側面がある。間違ったことからも逃れられないことがある。自分は誰にも指図されない、自由な生き方をしたいと思った」などの言葉から、私などの戦争の「せ」の字も知らない人間など計り知れないほどの悔しい思いをされ、またご苦労をされ、微動だにしない覚悟の元に生きてこられたのだと私は考えました。

 

 

 講演終了後、座談に入ってから「生きてきてよかった。人の死に方は様々だが、最もいけないことは殺されることだと思う」というお言葉がありました。「殺されるということは殺す人間も存在することであり、これもあってはならない」と言われました。人間の文化を普遍的に貫通する深く、重いお言葉だと思います。

 

 私など甘く甘く生きてきた者には、池田様のお言葉が生まれる人生体験をすることなどあり得ないことでしょう。ただただ「殺人をしない。人殺しをしなくて済む社会を作る」という現象を生真面目に作り出していくことだけです。

 

 池田様はもちろん、戦後復員された元予科練生の方々のご活躍を見聞するにつれ、予科練生には非常に優秀な方が揃っていたことが改めて分かります。そのような優れた方々が若くして命を落とした時代が確かにあったのです。このことを私たちはよくよく考えなければならないでしょう。

 

 もし、池田様の作品を見ることがあるときには、お話会当日のお元気なお姿を思い出しながら、色と形で作り上げられた絵というものから池田様が何を伝えようとされているのか、是非とも深く観照していただきたいと思います。池田様の人生から私たちが学ぶべきことはきっと多くあるでしょう。

 

 なお、講演の内容は御著書「蜻蛉の夢(海鳥社)」にも含まれています。

 

 

 また、池田様の個展も開催予定ですので、渋谷に行く機会がある方は、どうぞ足をお運び下さい。