開館10周年記念式典 寄贈絵画紹介

2月 15th, 2020

 感想文表彰に引き続きまして、開館10周年記念式典で披露されました、予科練ゆかりの画家塙賢三画伯の寄贈絵画をご紹介いたします。

 

 画伯は「ピエロの画家」として知られ、今でも人気のある画家です。

 大正5年に現在の土浦市にお生まれになり、昭和12年には当地で電機会社を起業されました。それから終戦までの間、予科練の地である土浦海軍航空隊をはじめ、霞ヶ浦海軍航空隊に出入りの電機会社として予科練に深く関わるなど、予科練とはゆかりのある画家です。

 御子息の塙義雄様と当町の湯原正人教育長とがご縁がありまして、画伯の予科練生に対する慰霊と尊敬の想いを込められまして、開館10周年を記念しご寄贈されたものです。

 題名は「玉に乗った道化」。1984年昭和59年の作品で、第69回二科展に出品されたものと伺っております。

 

 画伯も仕事の合間に見たであろうと思われます「赤とんぼ」といわれる九三式中間練習機やグライダーの初級滑空機に、憧れを寄せる予科練生と重ね合わせたものとも想像されます。

 画伯も予科練生同様に「大空」に憧れを抱いていたのかもしれません。

 そのようなことを思い浮かべられるような素敵な絵です。

 グライダー(初級滑空機)訓練の様子

  撮影:土門拳 

  撮影場所:土浦海軍航空隊第二練兵場

       (現在の霞ヶ浦高等学校付近)

 

 ご寄贈頂きましたのは、この他2点の作品があります。そちらにつきましては、数か月毎に入れ替えて展示をしていきたいと考えております。

 皆様にはまた是非ご来館頂きまして、ご覧頂けますようお願い申し上げます。

 

 

 開館10周年記念式典は、多くの方々のホームページやブログ等で取り上げて頂きました。心より御礼を申し上げます。

 

 今月の23日の天皇誕生日は無料開館日となっております。

 皆様のご来館を心よりお待ちし申し上げます。

【開館10周年記念式典 感想文表彰作品】

2月 12th, 2020

それでは、表彰されました齋藤佑衣さんと鬼澤舞衣さんの感想文をご紹介させていただきます。

 

【阿見町立阿見第二小学校 6年 齋藤 佑衣さん感想文】

 

予科練平和記念館の皆様へ 

 

 本日はおいそがしい中お話を聞かせていただきありがとうございます。

 予科練の訓練のことや卒業し戦場へ出て行った人達のことなど様々なことを知れました。

 手紙や食事などを満足にできなくても一生懸命に戦う姿に心をうたれました。神風特攻隊の自爆特攻は残酷ながらも祖国のために散っていった人達のおかげで今平和に生きることができていると思い、それをふまえ今の自分達は、平和はどれほど敬うべきなのかを考え直す必要があると感じました。

 元予科練の方の「人災は防ぐことができる」「二度も死なせないでくれ」と言う言葉に現代ではそのことを軽くみている人が増えているので言われたことを大切にしていきたいです。

 もっと戦争のことを知り、平和を護りたいです。本日はありがとうございました。                                                                                                                                    

 

 

 

【土浦日本大学高等学校 3年 鬼澤 舞衣さんの感想文】

 

予科練平和記念館で得たこと

 

 予科練平和記念館を見学し、私はたくさんのことを得られた。

 まず、展示の説明を受けた時、手紙の話に心を打たれた。検閲を通し、その手紙の内容が規定に沿っていなかった場合、墨で塗りつぶされ、家族に送られるという厳しさに衝撃を受けた。本当に思っていることが伝えられないというのは、とても苦しくなる。それでも家族に手紙を送ろうとする予科練生がいてくれたからこそ、今の時代になっても当時の苦しさを見ることができるのだと思うと、彼らからの手紙は家族と今の私達へのメッセージだったのではないかと思う。

 次に、戸張さんの講演にとても心が打たれた。私は実際に戦争を戦う身として経験した方の話を聞くのは初めてだったので、とても緊張していた。

 予科練生だった時の日々の辛さを話して頂いた時、私と同じ年くらいだった戸張さんが経験したことはとても過酷なものだった。「みんなを見ていると思い出すなぁ」「同じ年くらいの時かなぁ」と昔を思い出しながら話して下さる姿に、その時どんな思いでいたのかと考えると今の私では想像もつかないくらいのものだったと思い、とても心が打たれた。戦争の時の話は心が痛むのであまり話さない方もたくさんいる。それでも、私たち高校生という戦争を知らない世代に話そうとして下さったことに深く感謝している。戦争を経験していない人が話す戦争より、一言一言の重みが違う。もちろん、経験していない人の話も大切だが、やはり世の中の戦争を深く知らない人は経験者の話を聞くべきだと思った。戦争の辛さ、悲惨さを聞いた私は、今の平和な世の中にたくさん感謝するようになった。何か小さな嫌なことがあった時、戸張さんの言葉を思い出し、ぜいたく言ってないで頑張ろう、と思うようになった。「感謝の心で生きる、生きるために生きる、生かされている」このことを絶対に忘れない。戦場に向かった予科練生達と直接のつながりはないかもしれないが、同じ日本に生まれた家族である。その人達の守りたかった日本を、平和に守っていくことが私達の役目だと思う。戸張さんが話して下さったことに深く感謝する。

 今回の講演は私の人生にとって、とても大切なものであった。

 

 

お二人とも、素晴らしい感想文をありがとうございました。

開館10周年記念式典が開催されました

2月 8th, 2020

【当館が存在した貢献=感想文】

 

今月2日に、開館10周年記念式典が厳粛かつ盛大に開催されました。

少し遅れましたが、その内容等について補足説明も兼ね順次ご報告いたします。

開館10周年記念式典をプロデュースする上で悩んだのが、「当館の存在が果たした貢献」をどのように表現するかでした。

開館10年周年を迎え、予科練平和記念館が地域や町民の方々に対し果たした貢献ということです。いろいろと話し合いを重ねましたが結論は、式典時に湯原教育長が説明された「感想文表彰経緯」ということになりましたので、ご紹介をさせていただきます。

なお、感想文というのはこの10年間にわたり当町の予科練歴史調査委員の方々、特に元予科練生であります戸張礼記委員が、平和教育普及事業の一環として取り組んでこられた講演会に対する児童生徒学生等からの感想文です。出張講演も含め回数にしますと実に330回を超え、小学生から中学、高校、大学、そして自衛隊武器学校、航空学校等々の延べ1万5千人を超える方々からの感想文です。阿見町内や茨城県内はもちろんのこと遠方は修学旅行で来館された北海道の中学生もおります。

 

【湯原正人教育長 感想文表彰経緯】(原文のまま)

 齋藤佑衣さん、鬼澤舞衣さん、おめでとうございました。素晴らしい感想文を朗読して頂きましてありがとうございました。

 それでは、本記念式典で感想文表彰を行うこととなった経緯について簡単に説明をさせて頂きます。

 現在でも「戦争と平和」というテーマは非常にデリケートなものでありますが、阿見町という一自治体が、予科練の地という責務をもって、予科練平和記念館を建設し10年間に渡って、平和を発信し運営してきたということは、非常に意義のあることであり評価できるものと思っております。

 その10周年記念式典に当たり、10年間の当館の存在がもたらした地域や町民の方々への貢献や評価というものを形や数値として表せるだろうかと考えましたが、なかなか当てはまるものがありませんでした。それは来館された個人個人がそれぞれに考え行動するものと思われるからです。

 その個人個人の内面に焦点を当てた時に思い浮かんだのが、感想文の存在でした。司会の方からもご説明がありましたように、予科練歴史調査委員の方々、特に元予科練生であります戸張先生の講演に対する児童生徒たちからの感想文の存在です。

 当町は、当館が建設されてから小学校6年生の社会科や中学生の平和教育事業の一環として当館の観覧を実施しています。戸張先生にはその児童生徒たちに対し、時間を割いて講演をして頂いております。先ずはそのことに対しまして、教育長として御礼を申し上げたいと思います。

 誠にありがとうございました。

 当館10年間の貢献を具体的に数値等で表すことはできませんでしたが、当館の存在は予科練歴史調査委員の皆様方の講演を通して、多くの子供たちの心にしっかりと刻まれたことと思っております。

 その心の表現が感想文であり、当館の存在の貢献と評価と考え、感想文表彰に至ったというのが経緯であります。

 その中で、只今朗読して頂いたお二人の感想文について、表彰をさせて頂いたものです。

 これも、それぞれの担任の先生方のご指導があったからこそと私は思っております。

 改めまして、お二人とご指導された先生方にお祝いを申し上げ、感想文表彰の経緯の説明といたします。

 誠におめでとうございました。

(引用おわり)

 

 

次回はお二人の感想文をご紹介させていただきます。