海軍道路と桜並木

3月 6th, 2019

このところ天気が変わりやすく傘を手放せなくなっていますが、日一日と春めいてきています。間もなく桜の開花の便りが届くと思いますが、今回は町の桜並木の話です。

霞ヶ浦海軍航空隊は大正11年に開隊しましたが、開隊して間もなく航空隊本部から霞ヶ浦湖岸の土浦海軍航空隊(当時は霞ヶ浦海軍航空隊の水上班)まで直線で結ぶ幅員約15m(8間)の広い道路が建設されました。さらに土浦海軍航空隊の手前を左折して常磐線土浦駅まで向かう道路は曲がりくねった狭い道でしたが、拡幅され直線の道路に改良されました。霞ヶ浦海軍航空隊から土浦駅までの区間を結んでいた道路は「海軍道路」と呼ばれました。海軍道路は従来の道路を大幅に広げて(一部は新設された)コンクリート舗装された近代的なものでした。

戦後になると、海軍道路の一部で土浦駅から阿見坂下を通り稲敷市に向かう道路は、国道125号線になりました。また、土浦海軍航空隊があった阿見坂下から霞ヶ浦海軍航空隊までの海軍道路は県道竜ケ崎阿見線の一部となっています。どちらも阿見町の主要幹線道路です。

海軍道路の両側には大正の末から終戦後まで約10メートルの間隔で桜が植えられていたそうです。現在はほとんど見られなくなり、坂の途中にわずかに2本が残っています。

茨城大学農学部を通る県道竜ケ崎阿見線(通称「茨大通り」と呼ばれている)の両側には桜並木があり、満開になると多くの人が楽しんでいる町の桜の名所です。海軍道路の桜並木をほうふつさせますが、この桜は戦後に植えられたものです。

桜が満開の茨大通り(昨年撮影)

 

9日に「おはなしとむかしあそびの会」を開催します。霞ヶ浦高校演劇部の生徒の皆さんによる絵本の読み聞かせのほか、バルーンアートや「むかしの遊び」で楽しみましょう。同時に「おもちゃの病院」も開催します。

収蔵資料展「絵葉書と日記-日々を綴れば-」を開催しています。寄贈いただいた資料の中から昭和20年以前に発行された絵葉書75点と、阿見町出身の予科練生だった木村孝正さんが昭和17年に書いた日記(今回は3月と4月分)を展示しています。日記の原本と書き起した文をパネルにして展示しており、今月から4月分を展示します。ぜひご覧ください。

霞ヶ浦神社と土浦航空隊神社

2月 1st, 2019

寒い日が続きましたが来週は立春になります。梅の開花の便りが間もなく届きます。

2月2日は当館の開館記念日です。入館は無料となりですので、皆様のご来館をお待ちしております。

当館は平成22年2月2日に開館し10年目となりました。今年は10周年記念事業を計画しています。日程など詳細が決まりましたら、お知らせいたします。

今月29日から収蔵資料展「絵葉書と日記-日々を綴れば-」を開催しています。寄贈いただいた資料の中から、昭和20年以前に発行された絵葉書75点と、阿見町出身の予科練生だった木村孝正さんが昭和17年に書いた日記の中から3月分を展示しています。(4月分を後期に展示します)ぜひご覧ください。

霞ヶ浦神社と土浦航空隊神社の話です。大正11年に阿見町で開隊した霞ヶ浦海軍航空隊は戦闘機の飛行訓練を行っていましたが、訓練中の事故が多く亡くなる隊員も大勢いました。当時戦死者は靖国神社に祀られましたが、訓練中の事故で亡くなった隊員は祀られませんでした。山本五十六元帥が海軍大佐だった40才の時に霞ヶ浦海軍航空隊に副長兼教頭として赴任しましたが、殉職者の慰霊のため、山本副長兼教頭が委員長になり霞ヶ浦神社建設調査委員会が作られ、霞ヶ浦神社が隊内に建立されました。終戦になると進駐軍の指示で霞ヶ浦神社は撤去されましたが、社殿が阿彌神社に移設されて現在も保存されています。また、茨城大学農学部内に社殿を固定したコンクリートの基礎が残されています。

土浦航空隊神社は予科練生の訓練を行っていた土浦海軍航空隊内に建立されていました。この神社は終戦になって奉焼されたと思われていましたが、予科練歴史調査委員の皆さんの調査により、社殿が土浦市の民家で守られていました。さらに鳥居が、つくば市の鹿島神社に移設されていたことも判明しました。

 

 

予科練生の教育と教科

1月 9th, 2019

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

今年は新しい天皇が即位され元号が改められます。昭和の時代が遠くなっていきますが、予科練平和記念館は昭和の戦争と予科練や海軍航空隊があった町の戦史を展示し、後世の人に正しく伝えてまいります。

 

今回は予科練生が受けた教育と教科についてです。

予科練生に対する教育は、航空搭乗員としての専門的知識と技能を習得する前の基礎教育を、また将来士官となるために必要な素養を身につけるために行われました。

『海軍飛行予科練習生心得』には、「修学に当りては、自ら求めんとする精神旺盛ならざれば、得るところきわめて少なし。練習生はすべからく自啓自発、疑わしきは徹底的にこれを問い、学びしところを反復復習し、その要点を把握するに務むべし。」と規定されていました。

予科練生の教育に組まれていた科目は、訓練科目として勅諭奉読、訓論、講話等の精神教育と体操、武道などの体育があり、普通学として国語、漢文、数学、物理、化学、歴史、地理などがありました。さらに軍事学として運用術、航海術、砲術、水雷術、通信術、航空術、機関術、軍制及び諸法規がありました。普通学は概ね現在の高等学校程度の内容でしたが、数学、物理、化学はそれ以上の高いレベルでした。授業は午前が座学で、午後に体操や武道が行われました。夏期は7時限で午前7時から午後4時30分まで、冬期は6時限で午前8時から午後3時30分まで行われ、さらに就寝前に温習(自習時間)が設けられていました。予科練生は優秀な操縦員になることを目指して、朝早くから夜遅くまで勉学や訓練に励んだのです。

 

今月は小学生や入学前のお子様向けのイベントを開催します。

12日(土)に「おはなしとむかしあそびの会」、19日(土)に「冬休みミニイベント

予科練こども会」をそれぞれ開催します。詳しい内容については、このホームページや広報あみをご覧ください。

2月2日は当館の開館記念日ですので、入館料が無料になります。この機会にぜひご来館ください。

旧鹿島海軍航空隊跡地

12月 2nd, 2018

11月14日に航空自衛隊熊谷基地司令の石村空将補から感謝状をいただきました。ありがとうございました。航空自衛隊熊谷基地は第4術科学校と航空教育隊第2教育群があり、新しい隊員の教育と訓練及び新隊員課程や幹部課程を卒業した隊員へ様々な訓練を行っています。熊谷基地からは毎年大勢の隊員が研修に来ていただいています。

先日 美浦村にある旧鹿島海軍航空隊跡地を対象とした内覧会があり、予科練歴史調査委員会委員と共に参加しました。鹿島海軍航空隊は、阿見町にあった霞ヶ浦海軍航空隊の水上班が移転して昭和13年に開隊しました。水上機の操縦訓練を行う練習航空隊であり、霞ヶ浦湖岸に水上機用の滑走台が設けられ、予科練出身の飛行練習生が93式水上中間練習機で猛訓練を行いました。戦後残された施設は東京医科歯科大学が霞ヶ浦分院として使用しましたが、その後北側の一部に国立環境研究所が置かれ、他の区域を美浦村が取得しました。

今回視察したのは美浦村が取得した区域で、鹿島海軍航空隊の本部庁舎や気缶場(ボイラーが設置されている)、自力発電所、号令台、自動車庫などが当時のまま残っており(本部庁舎は東京医科歯科大学霞ヶ浦分院により内部が改造されている)、他にも滑走台(スベリ斜面)やカタパルト跡、ポンドなどが残されていて、一部は土木学会選奨土木遺産に認定されている貴重な戦争遺跡です。戦争の記憶を伝える遺跡として保存・継承を進めていくことを期待します。

15日(土)午後2時から、講演会「日露戦争と乃木大将」を開催します。講師は予科練歴史調査委員会委員の大橋良一さんです。今回はかすみ公民館で開催します。車の方は記念館駐車場を利用していただき、バスで送迎いたします。

21日(金)午後5時30分から、記念館内20世紀ホールで「ウィンターコンサート」を開催します。土浦第三高等学校吹奏楽部の皆さんに、クリスマスの曲や若鷲の歌などを演奏していただきます。生徒の皆さんが練習を積んだ演奏をお楽しみください。コンサートの入館は無料で予約の必要もありません。

天皇誕生日の23日(日)に、当館は入館料が無料になります。この機会にご家族や友達と一緒に記念館をご覧ください。

早いもので、年末になりました。今年は来館者の数が累計で50万人を超えました。大勢の皆様にご来館いただきまして、ありがとうございました。

五省

11月 2nd, 2018

「秋の日はつるべ落とし」と言われるように、日が暮れるのが早くなりました。当館が閉館する時間には写真のように暗くなっています。

 

先月15日阿見町シルバー人材センター会員の皆様に、記念館周辺で草取りなど奉仕作業をしていただきました。お蔭様で大変きれいになりました。代表の大崎忠さんほか参加された皆様にお礼申し上げます。

予科練生には軍人精神をしっかりと身につけさせるために、精神教育が行われました。

その中に予科練生が毎日行った「五省」があります。

「五省」は、日露戦争で連合艦隊司令長官であった東郷平八郎元帥の遺訓です。

 一、至誠に悖(もと)るなかりしか (誠実であったか)

 一、言行に恥ずるなかりしか (恥ずかしいことを言ったり、やったりしなかったか)

 一、気力に欠くるなかりしか (気力は充分だったか)

 一、努力に憾(うら)みなかりしか (努力が足りないことはなかったか)

 一、不精に亘(わた)るなかりしか (怠けることはなかったか)

予科練生の温習室にある各自の机には蓋の裏に「五省」が貼ってあり、机から物を取り出す時に目につくようになっていました。

夜の温習が終了すると、机の上をかたづけ姿勢を正して目を閉じます。予科練生は当番が読み上げる「五省」を聞き、心の中で復唱しながら一日の自分の行いを反省しました。

 

13日(火)は「茨城県民の日」です。この日当館は入館料が無料となります。

学校は休みになりますので、ご家族でご来館ください。

来館者が50万人になりました

10月 3rd, 2018

10月はスポーツの季節とともに食欲の秋でもあります。阿見町では栗や柿が作られていて実りの時期になりました。またこれから冬にかけて、れんこんの生産が最盛期になります。

当館は先月24日に開館からの来館者が50万人に達しました。50万人目となった方は、神奈川県葉山町から来られた親子4人の皆様でした。

千葉町長と菅谷教育長から50万人目の認定書や花束、記念品などを贈呈しまして、記念として零戦実物大模型に搭乗していただきました。

当館は平成22年2月開館して毎年5~6万人のお客様にご来館いただいており、8年と8か月で累計の来館者が50万人となりました。これまで大勢の皆様にご来館いただき、深く感謝申し上げます。

既に来館された方でも、当館の展示資料をすべてご覧になるには、限られた時間内では難しいと思います。ぜひ再度のご来館をお待ちしております。何度も来館いただける方に、お得な「年間パスポート」をご用意しております。

 

茨城国体が来年2019年に開催されます。阿見町ではセーリング競技が大室地区の湖岸、霞ヶ浦セーリング特設会場で行われますが、今年はリハーサル大会が今月26日から28日に開催されます。

セーリング競技のリハーサル大会に合わせて、27日(土)に「まい・あみマルシェ」を予科練平和記念館と霞ヶ浦平和記念公園で開催します。れんこんなど秋の農産物の試食と販売をするほか、スイーツなどを販売するブースが出店します。またサイクリングを楽しみたい方に自転車の貸出も行います。

お出かけするには良い季節となりました。27日は「まい・あみ・マルシェ」にお立ち寄りください。

予科練生の一日

9月 5th, 2018

7月から猛暑が続きましたが、やっと凌ぎやすくなってきました。

先月は終戦の日に無料開館を行い、また小中学生向けのイベントを開催しました。さらに21日から31日まで、映画『私の父もそこにいた』を上映しました。たくさんの皆様にご来館いただき、ありがとうございました。

今月は8日(土)に、講演会『五体を砕きて悠久の大義に殉ず』を開催します。廣嶋文武氏(甲飛予科練生 廣嶋忠夫さんの弟)に講演していただきます。

19日(水)から第2回収蔵資料展が始まります。展示テーマについては近日中にお知らせいたします。

 

予科練生は入隊すると訓練の日々が続きます。予科練生の一日をご紹介します。

まず起床は4月から9月までの夏期には午前5時に、10月から3月までの冬期には午前6時でした。夏は午前5時、冬は午前6時になると起床ラッパの音が流れ、当直練習生が「総員起こーし」と号令を発します。一斉に飛び起き吊床(ハンモック)をたたんで吊床置き場に納め、洗面所に走り顔を洗い、分隊毎に整列して駆け足で練兵場へ向かい朝礼が始まります。朝礼は、宮城遥拝し聖訓五カ条を唱え、御製の奉唱、海軍体操の順に行われました。朝礼が終わると兵舎全体の清掃を行い、その後に朝食でした。また課業(授業)が始まるまで約30分間には温習(予習)の時間がありました。

課業は夏期には午前8時から、冬期には午前9時から始まり、昼食をはさんで午後3時くらいまで続きました。課業の内容は、国語・数学・英語・物理・化学などの普通学や、通信術や航空術、航海術などの軍事学、軍人道徳を涵養するための修身などでした。課業の後は午後3時頃から別科と呼ばれた体育(柔剣道・水泳・体操など)が行われました。

夏は午後4時30分(冬は午後4時15分)に夕食で、夕食後から温習までの間は自由時間となり、風呂に入り、洗濯を行い、故郷の家族へ手紙を書いたりして、また酒保で飲食ができました。

午後7時から温習の時間となり、温習の最後に週番練習生が海軍五省を奉唱しました。温習が終了して清掃を行い、午後9時に就寝しました。

1日のスケジュールは起床時から就寝まで、きっちりと組まれていて、場所を移動するにはすべて駆け足でした。

日曜日は訓練が休みでしたが、朝に温習があり、これが終わると夕方の4時まで自由時間になりましたので、外出することができました。

海軍飛行予科練習生の制度

8月 4th, 2018

今年は猛暑の日が続いていて、毎日熱中症に注意!が呼びかけられていますが、皆様はお変わりないでしょうか。

 

15日は終戦の日です。当館は入館が無料となります。戦後73年となりましたが、この機会に、悲惨だった戦争と現在の平和について考えていただきたいと思います。

また、午後5時から「平和祈念コンサート」を館内の情報ラウンジで開催します。

琴奏者の我妻久美さんと友人のグループが懐かしい昭和の歌などを演奏します。

 

18日(土)は、「おじいちゃんに聞こう!阿見の昔のはなし」を開催します。

町の歴史や予科練について、ものしりおじいちゃん(阿見町歴史調査委員)が教えてくれます。

25日(土)「飛行機はなぜ飛ぶの?ブーメランの不思議な飛行」を開催します。

飛行機がなぜ飛ぶのかということを、ブーメランを作りながら楽しく学びましょう。

 

海軍飛行予科練習生の制度は、昭和5年「横須賀海軍航空隊予科練習部」として発足し、第1期から第7期までは「予科練習生」という名称が使われ、昭和11年12月から「飛行予科練習生」と改められました。受験資格は高等小学校卒業者もしくは同等以上の学力を有するもので、修業期間は当初3年でした。(後に2年6ヶ月に短縮された)

昭和12年9月「甲種飛行予科練習生」制度が誕生し、中学4年1学期終了程度の学力のある者を採用して、修業期間は初め1年2か月としました。これは搭乗員の増員が急がれ、採用の学力程度を高くして教育期間を短縮したためで、従来の「飛行予科練習生」は「乙種飛行予科練習生」となりました。

また、昭和15年9月から、一般下士官・兵から採用して修業期間が6ヶ月程度のものを「丙種飛行予科練習生」と称しました。(乙種より古い歴史を持つ偵察練習生、操縦練習生は昭和15年以降丙種の名称が付けられた)

昭和16年12月太平洋戦争開戦によって、大量の搭乗員を短期間で養成する必要が生じて、

乙種として採用する者の中から、主として年長者をさらに短期間で養成する「乙種(特)飛行予科練習生」制度が発足し、丙種制度は廃止されました。

予科練教育は、昭和5年に発足した乙種、昭和12年に新設された甲種、昭和15年に発足し、昭和18年に廃止された丙種、そして昭和18年に発足した乙種(特)、および台湾と朝鮮出身の一般志願生から選抜した丙種(特)飛行予科練習生制度の5つの教育制度がありました。

七つボタンの制服

7月 6th, 2018

梅雨明けして晴天になった1日(日)に、当館敷地内で『まい・あみマルシェ』が開催されました。

町内で採れたスイカ・メロン、トウモロコシの販売やミニトレイン、めだかすくいなど楽しいイベントに大勢の人が集いました。

予科練生と言えば七つボタンの制服で知られています。

予科練生の制服は、当初は一般の海軍兵と同じ水兵服、いわゆるジョンベラでした。

しかし、海軍の処遇に対して不満を持った予科練生が、出身校に「実態が違う、後輩を予科練に送らぬように」といった内容の手紙を送ろうと計画したことがあり、事態を重視した海軍当局が予科練生に要望書を提出させ、その中で希望が多かった七つボタンの制服を認めることにしました。

昭和17(1942)年11月に海軍服制改正が行われ、水兵服から七つボタンの制服に変わりました。制服は桜と錨の模様を打ち出した7つの金ボタンで、襟は黒地に金色の桜と翼の刺繍のマークが付けられ、つばつきの帽子には正面に錨を楕円で囲んだ真鍮製の帽章が付いていました。上着は短い詰襟で、ズボンはベルトではなくズボン吊りを用いました。

七つボタンは世界の七大洋を著したのもので、海を越えて大空を駆け巡る、大いなる期待が込められています。

昭和18年に予科練をテーマにした映画『決戦の大空へ』が、主題歌『若鷲の歌』とともに大ヒットしましたが、『若鷲の歌』では「若い血潮の予科練の七つボタンは桜に錨・・・」と歌われたことから、七つボタンの制服は予科練の代名詞となり、広く知られるようになりました。海軍の要人を育てる海軍兵学校の旧制服に似たスタイルは、当時の少年たちの心をつかみ、予科練に憧れ志願した少年も多かったそうです。

記念館の展示施設は、空を目指した当時の少年たちのあこがれであった「七つボタン」をモチーフに、「入隊」から「特攻」までの七つのテーマによるストーリーが設定され、施設全体が構成されています。

 

21日(土)に「なつやすみミニイベント予科練こども会」を開催します。

「予科練子ども会」は、夏休みに入った小学生や小学校入学前の児童を対象にしたイベントです。お子さんが楽しめるイベントをたくさん用意しますので、お父さんやお母さんと一緒に遊びに来てください。

また、この日には「おもちゃの病院」も開催します。壊れた「おもちゃ」をご持参いただければ、「おもちゃドクター」が修理します。

 

風を感じながら霞ヶ浦周辺をサイクリングするのに良い季節となりました。

「つくば霞ヶ浦りんりんロード」は、霞ヶ浦を周回し筑波山を通過して岩瀬駅までの約180kmのサイクリングロードですが、この区間でレンタサイクルを利用できます。

区間内には10カ所のレンタサイクル施設があり、7月から予科練平和記念館でもレンタサイクル貸出を始めましたので、ご利用ください。

ご予約については、予科練平和記念館または株式会社ラクスマリーナ サイクリングプロジェクト・サポートディスク 電話 029-822-2437 へお問い合わせください。

無料開館日

6月 6th, 2018

蒸し暑い日が多くなってきました。梅雨入りが間近に感じられます。

今月10日に当館は入館料を無料で開館いたします。

昭和20年6月10日に当時予科練生の訓練が行われていた土浦海軍航空隊と周辺地区が、米軍のB29爆撃機による大規模な空襲を受け、370人を超える方が亡くなりました。

大勢の人が犠牲になった『阿見大空襲の日』を皆様に知っていただくため、この日を特別な日として無料で開館します。

展示室6番目「窮迫」というテーマの部屋で、空襲を再現した映像をご覧になると、6月10日がどのような空襲であったか実感していただけると思いますので、ぜひご来館ください。

 

16日(土)午後2時から、「元予科練生講演会~予科練と私」を開催します。

元予科練生の吉田重次さん(阿見町在住)にお話していただきます。

吉田さんは昭和15年12月に土浦海軍航空隊へ入隊し、昭和17年12月に卒業。飛行術練習生を経て実施部隊に配属となり、サイゴンやマニラ、上海など様々な戦地へ赴きました。

講演会では予科練生だった時の訓練の様子、戦地で戦った経験談などをお話しいただきます。講演会は無料で予約の必要もありませんので、ぜひご来館ください。

 

現在収蔵資料展「日々を綴れば 阿見町出身の予科練生」を開催しています。

乙種第15期海軍飛行予科練習生 木村孝正さんが書いた日記、教科書、遺品を展示しています。阿見町で生まれ育った木村さんは、昭和15年に予科練に入隊しました。日記が書かれたのは昭和17年、木村さんは17歳でパイロットになるため猛訓練をしていました。

1年分の日記から1月から2月までをパネルにして展示しています。